こじふじょ。

こじらせ腐女子の腐れ日記

東京と田舎の個人的見解

東京と地元(地方)

住むならどっち? メリットとデメリット

 

 東京と地方、あなたが住むならどちらを選びますか? 迷わず東京という人もいれば、地方と答える人もいるでしょう。ここでは、それぞれのメリット、デメリットを挙げて、あなたの充実したライフスタイルのお手伝いをします。

 まず、東京に住むと、何より便利です。

場所にもよりますが、地方でコンビニを探し回って右往左往したり、自転車で畦道を何10分も駆けたりしなくても、駅の近くや歩道を歩いていれば、大抵、コンビニは見つかります。自販機やファーストフード店、外食チェーンなども充実しており、銀行、ATMを探すのにも苦労しません。

 洋服店電気店も、何でも揃っていて、衣食で困るようなことはほとんどないかもしれません。更に、アルバイトや就職の求人も多く、都心では時給900円~1000円以上の仕事なども珍しくありません。交通機関も充実していて、1時間に1本しかバスや電車が来ないなんて不自由を味わうこともないのです。

 これは地方にはない魅力と言えるでしょう。

 では、肝心の住居はどうでしょうか。あらゆるものに溢れている東京都内ですが、リーズナブルで住みやすい住居を探すのにはそれなりに苦労する可能性があります。

 都内でも築年数、最寄り駅からの距離など、条件によってまちまちですが、東京23区内や都心近辺は基本的に地方より土地が高く、1Kの賃貸でも7万~10万以上するケースもあります。

 賃貸ならまだしも、マイホームとなっては大変です。都内で土地や家を買うとなると、地方に比べて割高。夢のマイホームなら、多少、都心から離れても、地方で探してみた方がお得かもしれません。

 また、地方はそういった土地の安さに含めて、人混みに揉まれる心配がありません。渋滞に巻き込まれたりすることも少なく、都会に比べて静かです。長く穏やかに住むには、忙しない都心よりも、地方がいいかもしれません。

 

 

「どこからが浮気?」の最適解

 

 どこまでが浮気か。男女関係における浮気の境界線は、人の価値観、育った環境や、関わってきた人間関係により左右される感覚といえます。

 いくら好き合った恋人同士でも、まったく同じ価値観を共有できる訳ではありませんし、恋愛対象として付き合っていく中で、浮気の境界線について互いに話し合い、明確な線引きをする男女(もしくは同性)も少ないのではないでしょうか。

 人が持つ個々人の価値観、恋愛観が定義付けるものである以上、断定も証明もできない、というのが前提にあります。

では、浮気の定義とは何でしょうか。

どういった瞬間に、移り気が生じたことになるのでしょうか。

答えは明確です。

浮気とは、付き合っている相手や自分自身が「浮気された」あるいは、「浮気した」と感じた瞬間のことを言うのです。

 つまり、異性とのメールや言葉のやり取り、外出など、どんな些細なコミュニケーションであろうと、付き合っている相手に「浮気だ」と認識された時点で、その行動は浮気と化してしまうのです。

それは、自分自身が行う場合も同様です。別の異性との交流に罪悪感や高揚感を抱いたこと、相手の言動に不信感や不快感を抱く感情が、人の行動を「浮気」と定義付ける決定的な根拠なのです。

こう言ってしまうと、ずいぶんと拘束的な恋愛観に思えてしまうかもしれませんが、逆に考えれば、それは緩い境界線でもあります。

やはり冒頭で述べた通り、それは相手と自分自身の考え方次第で、いくらでも左右される根拠といえます。

性交や、ボディタッチなど、大多数の人に「浮気」と決定付けられかねないスキンシップをしたとしても、恋愛感情さえ伴っていなければ浮気ではない、という考え方もあるかもしれません。

あるいは、それが例え恋愛感情の伴った交流だとしても、最終的に自分のもとに戻ってくるのなら浮気とはいわない、という定義もあり得るでしょう。

浮気の境界線とは、付き合う相手と自分の考え方が生む、価値観そのものなのです。

ストーカーされないための上手な別れ方

 昨今、若者のコミュニケーション不足や理解力の低下など、現代人が抱える内面的な程度の低さが問題視されることが多くなりました。

特に男女関係に至っては、そうした若者の、人との対話や繋がりへの意識の希薄化が、明白な数値として現れてしまっているように思えます。

カップルの激減、草食男子増加、結婚願望の低迷など、この国の未来が危ぶまれるような懸案事項が一般的になりつつある、現代の恋愛事情。

 他人に嫌われることが怖い、自分を受け入れてもらえないことが絶えられない、といったタイプが多く、ナイーブで傷付き下手な現代人は、恋も一筋縄ではいきません。

そう、男女が互いを必要とすることを放棄しつつある、お先真っ暗の国、日本で、例え健全に恋愛関係を築けたとしても、そこからが問題なのです。

恋は気の迷い、とまでは一概に言い切れませんが、恋愛というのはブームや趣味と似ています。1つのことに生涯をかけて情熱を注ぐ一点集中型の人もいれば、途中で別のことに目を向ける臨機応変型の人もいるでしょう。

一般に心は時間とともに移ろい、季節のように変わっていくものです。それは人が様々に変化する環境に適応し、長い人生を生きていく上で、ごく自然で、当前のこと。

それなのに、いざそうなったときに、相手との距離の取り方がわからなかったり、円滑な人間関係が築けなかったり。現代人の恋愛への苦手意識や、コミュニケーション音痴が災いすると、せっかく今後の人生のためになる恋愛関係を経ても、別れを切り出せない、上手く割り切れずに元恋人がストーカー化、なんてことにもなりかねません。

 付き合うにしても別れるにしても、慎重に、腫れ物に触れるように振る舞わなくてはいけない現代恋愛。そんな何かと神経質なこのご時世。自分の身は自分で守り、人生を謳歌するための術を身につけなくてはなりません。

 恋は流行。心は季節。恋の終わりが、悲劇のストーカー事件の始まりにならないよう、上手な別れ方を考えていきましょう。

 元カレや元カノをストーカー化させない、緩やかな別れ。そのためには、恋人の理想像から静かに離れる、ということが重要になってきます。

 ストーカーは基本的に、対象への過剰な好意、執着心などが生むモンスターと言えます。つまり、あなたへの関心を失せさせ、恋人にとって好きな人ではなくなることで、恋人のストーカー化を予防できるということです。

 とはいえ、嫌われるようなことをしろ、とかそういうことではありません。それで恋人からフってくれれば万歳ですが、憎さ余ってストーカー化なんてこともあり得ます。

あくまで円滑に、穏やかに。好きな人ではなく、好きだった人になる。

そうすれば、恋人はあなたへの未練を抱く余地もありません。付きまとう必要がない、昔の恋、と思わせれば勝ちなのです。

 そのためには、恋人のことをよく知っておく必要があります。

 恋人は、あなたの何が好きなのでしょう? どんなところに惹かれ、カップル成立に至ったのでしょう? 何気ない仕草や、性癖、好みなど、何かしらの魅力を感じたからこそ、お互いを結び合う関係になったはずです。

1度は関係を持った仲。いきなり一方的に別れを切り出したり、メール1通でバッサリ!なんてことはしてはいけません。それで綺麗に別れられたら誰も苦労しませんし、何より、そういう態度を取られる恋人の立場になって考えてあげることが大切なのです。

 もしあなたが付き合っている彼氏、ないし彼女から、突然、自己都合で一方的な別れを突き付けられたら、どう思うでしょう?

 少なからず、戸惑いやショックがあるはずです。自分が何か失敗したのか、何がいけなかったのか、と問い詰めたい気持ちになるかもしれません。

その疑問と、納得のいかなさの延長が、ストーカー行為なのです。

まずは出方と反応を窺いながら、少しずつ恋人の好みから離れます。具体的に言うと、恋人が望むような行動をあえてとらなくする、などです。

適度に距離を取り、メール、電話のやり取り、一緒に過ごす時間なども、緩やかに減らしていきます。あなたが、恋人以外の親しい友人とそうするように、プライベートな付き合いの頻度を友人レベルまで引き下げるようにしてください。

 別れた後に未練やギャップ、執着などを感じさせないためには、別れると決めたそのときから、恋人には友人と同じ扱いを受けることに慣れさせてあげないといけません。

そうして微妙な距離を取り続け、恋人としての影を薄れさせることで、あなたが恋人でなくなっても大丈夫そう、1人でも上手くやっていけそう、あるいは、新しい恋に目が向けられそう、という自信と免疫をトレーニングしてあげるのです。

恋人からのお誘いや連絡が減った、お互いが付き合う前の状態に近付いてきた、と感じられた、そのときがチャンスです。

 急激に突き放すことなく、2人で話し合い、納得を得た上で、さも2人で答えを出したかのように別れを切り出しましょう。一時は恋仲になった間柄ですから、感謝の言葉を忘れずに。相手のプライドを傷付ける言葉、相手を不安にさせるような発言は厳禁です。

出会えば別れる。私たちはそうした当然の摂理の中で、様々な人と知り合い、恋をしたり、友人になったりして、長いようで短い人生を生きていきます。

 恋人と別れることは決して悪いことではありません。後ろめたさを感じたり、別れた恋人に付け込む隙を見せたりすることがないよう、新しい一歩を踏み出していくことが1番大事なことなのです。

【DMC】バージル×レディの可能性について

もう言わずもがなで、個人的には大変ありなんじゃないかというカップリング。

レディの父であるアーカムを介して、ふたりは敵同士として出会いを果たしていますが、3本編では、ほとんど絡んではいない訳で。
それだけに、もしも5のエンディング以降、人間界へダンテとバージルが戻ってきたとしたらどのような絡み方をするのか……非常に興味深い関係です。
あと、ダンテに父を託して図書室で項垂れてるレディの存在に、バージルは気付いていながら見逃している気がするので、何かもうその時点でCP成立の既成事実です、ありがとうございます。

公式での絡みがほぼないだけに、いくらでも余地を想像できるおいしさがあります。


レディにとってバージルは、結果的には父と共に人間に害をなした存在ではあるかもしれないんですが、彼を失ったダンテの涙に「街をめちゃくちゃにした奴のために、涙するなんて」みたいな困惑をしている様子は一切ないんですよね。

当初の目的通り、自分の意思で父であるアーカムに手を下しながらも、号泣した彼女です。
どんな存在であれ、家族は家族なのだ、という情の深さがどこかに根差していて、ダンテの悲しみに対しても理解を示す要因になったんだろうと推察できます。
そして、ダンテの悲しみと父を失った経験を介して、バージルに対しての態度も、軟化されそうな気がしないでもない。

しかも、5まで来ると相応の場数も踏んだのか、その立ち振る舞いに3では見られなかった落ち着きも垣間見えるんですよね。
バージルと戦おうとするネロに対して「一生業を背負うことになる」と諭した辺りからも、彼女の複雑な心境が滲み出ています。

レディにとって、バージルの行動自体は忌むべき悪魔のそれかもしれないんですが、果たしてバージル本人にもトゲのある態度が向くのかどうか……?
この辺りの距離感が、個人的にはかなりおいしい関係性です。

ところで、レディって悪魔に魅入られた父によって母を殺されて、なおかつ、自らの手で父を殺しているという結構ハードな過去を持つ女性なんですよね。
家族共々、愛し合っていただろうダンテやバージルの生家とは、ちょっと毛色の違う生い立ちの不幸を感じさせるところがあります。

バージルは悪魔としての力をひたすらに求めた過去があり、理由こそ違えど、その目的と行動原理はアーカムと同じと言えます。
しかし、その理由というのが、これまた悲しいもので。
バージルもまた悪魔によって悲劇をもたされた被害者のひとりであり、その結果として、テメンニグルやクリフォトでの一件に繋がってしまっているんですよね。
(レディに比べると拗らせ方が尋常じゃないですが)悪魔の存在に生涯を踏み躙られたという意味では、レディと同じです。
つまり、バージルってアーカムと同様の立場でもありながら、レディとも同様の立場でもあるんじゃないかと。

この二面性。あらぬ方向へ突っ走ろうとしたバージルと、かつての父を重ねて、レディの方から声をかけてくれそうでもあるし。
その反面で、家族への執着を見せるバージルに、深い人間味を見出してくれそうでもあるし。

あんたはやり直すチャンスが与えられたけど、あの男(アーカム)は与えられなかったのよ、私が奪ったから、っていう複雑な心境をですね……
息子に守られるなんてあんたほどの果報者はいないわ、っていう切なさをですね……
ぶつけてほしいんですね……


激アツじゃないですか、このカップリング。もっと増えてくれー!!

限界へのダイブ 水深100メートルの未知へ

 深い青の世界には、波の音も太陽の光もない。果てしなく続く藍色の闇の中で、静かに深淵のその先を目指す。思考すら働くことをなくす青の別次元は、まるで宇宙のようだ。

 空気タンクを持たず潜水する深さを競う、フリーダイビング

 両足一体型のフィン(足ひれ)を使ってイルカのように体をしならせながら潜水していくダイバーたちは、世界記録、水深100メートルを超える深さで自らの限界と戦う。

 7分もの間、息を止め、硬いサッカーボールが拉げるほどの10気圧の水圧に耐えながら深みへと挑み続ける、彼らの肉体は驚異的だ。

 潜水機材を用いるスキューバダイビングの熟練者ですらも、50メートル前後の潜水が限界といわれている中、なぜ生身の人間が100メートルを越える深さにまで到達できるのか。

 昨今、人間にはイルカやアザラシなどの海洋哺乳類に通じた能力が備わっていることが分かってきた。

 肺いっぱいまで空気を溜め込み、スタティック(息止め)を開始して数分が経過すると、ブラッドシフトと呼ばれる現象が起きる。心拍数が低下、血流量が落ち、腕と足の体温が下がっていく。スタティック後半はほとんど腕と足に血流が通わず、それに相反して、心臓、肺、脳といった生命維持に最も重要な臓器へと血液が集まって、限られた酸素をエネルギーに水深を深めていく。さらに、深海へと潜ると体内で横隔膜が肺を押し上げ、水圧から内臓を守る役割を果たすのだ。

 

 フリーダイビングは、潜水してその深さを競うというシンプルな競技ながら、水圧による鼓膜の圧迫を緩和する耳抜きのタイミングやその回数、潜水前の微妙な体温の調整など、ほんの些細な違いが潜水時間や水深を左右するという奥深さもある。

 また自分の実力と体調をしっかりと把握し、相応の姿勢で臨まなければ、酸欠によって意識を失うブラックアウトに陥る。水深という競技としての結果はもちろんのこと、命の危険すら免れない、自分自身との戦いの舞台なのだ。

 

グランブルー」深さ100メートルを超える神秘の青さを、ダイバーたちはそう表現する。

 そこには想像を絶する静寂と、群青と、無の世界が広がっている。現在、自力でたどり着くことができたダイバーの数は、月に降り立った宇宙飛行士と同じ12人。

 死と隣り合わせの静かなせめぎ合いの中で、雄大な青、グランブルーへの憧憬が、ダイバーたちの飽くなき挑戦の源となっている。

【DMC】バージル✕トリッシュの可能性について

バージルが好きです。

バージルというキャラクターもとい、バージルという概念がもはや好きなので、誰とCPを組ませても好きになってしまいそうな病気を発症しています。フォルトゥナも裸足で逃げ出す宗教を始めてしまいました。バージル教です。

もうこうなってくると、右も左も関係ないんですよね。バージルというキャラクターがそこに関わってさえいれば、何でもイケるというか、何でも好きです。もうバージルがそこにいてくれさえすれば、全ておいしいです。二次創作における解釈云々とかはあんまり気にしません。

そんな訳で、バージルを中心としたあらゆるCPの可能性について考える回。

 

バージル×トリッシュ
トリッシュ×バージル

 

言わずもがな、母の容姿を模して作られた悪魔がトリッシュな訳ですが。

バージルが彼女に取りそうな態度としては「その顔で馴れ馴れしくするな」とか「お前は母さんじゃない」という風なつっけんどんなものかもしれないし。

あるいは、母と同じ姿してるから彼女に絡まれるとどうも弱いとか。なぜだか強く言い返せない、変に気を回してしまうみたいな、潜在的な苦手意識?庇護欲?のようなものが生じてもおもしろいんじゃないかと。

また、トリッシュは魔帝の手下として作られた存在なので、ネロ・アンジェロ時代のバージルのことを知っていたとしても不思議ではないです。(自我も記憶もない状態ではありながら)

もしもバージルがネロ・アンジェロとして行動していた頃にトリッシュ接触していて、多少なりとも面識があったら、バージルにとってのトリッシュは自分が隷属させられていたという苦い過去を身近に知る、唯一の存在かもしれません。

だからこそ、殊更に苦手とか、何らかの特別視をしてしまうとかだったら、なおさら大変おいしいCPなんですよね……。

そして、何より。バージルはVとして行動していた頃に、トリッシュに対して自らの正体を明かし、俺は間違っていたか?と聞いています。

よりにもよってトリッシュにですよ!

やはり母に酷似した彼女に対して、何か思うところがあったのか。

それに対し「私はママじゃない」「自分で考えて」と切り返す、トリッシュの気丈さよ。

この行動からも、バージルの人間としての素直な部分では、トリッシュに対して、本音や弱音を垣間見せてしまうような何かを感じているのかもしれないんですよね。

その後も、崩れ去る瓦礫に飲まれそうになったVを、体張って腕伸ばして引き上げて助けてるトリッシュ。突き放した感じの言い草をさせた後に、ちゃんとVを救わせるの、ゲームの演出上手すぎませんかプロの方々ですか(※プロです)

しかもです。トリッシュは、バージルにとって大きな存在であるダンテの、最古の生き残った相棒な訳で。

恐らくダンテは勝てないだろうなって目算を立ててるVに対して「見届けましょう。ダンテの戦いを」って返してる。これは、仮にダンテがユリゼンに負けるとしてもそれを見届ける、という意志の表れを感じさせました。

トリッシュって自由奔放で滅茶苦茶なようでいて、ダンテにとって家族でもあるバージルとの戦いは、もはや避けられない宿命なのだと理解を示している印象がありますし。

彼女なりにダンテの生涯に長く付き合ってきたんだろうことが、随所に滲み出ていますよね。

恐らく(ダンテと長らく袂を分かっていたので)本来の家族であるバージルよりも、大人になってからのダンテのことをよく知る存在なんじゃないかと。

そんなこんなで、そのダンテの兄がバージルときてる訳ですよ。しかもしかも、バージルは公式がもうダンテに興味津々のキャラクター像を打ち出してる感があるので、ダンテをよく知るトリッシュに対しても関心が高まるきっかけはいくらでも妄想できる気がする……。

そういう訳で、バージルトリッシュを色々と意識するにたる理由は、たくさん備わっている気がする訳です。

CP化のポテンシャル、非常に高いです。

 

トリッシュ側からバージルを意識する要因としては、不器用なバージルへの些細なおちょくりから入ってもいいし。

ネロ・アンジェロ時代を知る彼女なりの、バージルへの気遣いから入ってもいい気がする。

というか、そもそもトリッシュのキャラクター性って基本的に、フリーダムで無邪気で刺激的な女性って感じだと思うので。

ダンテの方がいい男かしら?とかいう茶々を入れて、むっとしたバージルに対して「試してみましょうか」みたいなアプローチを仕掛けるのも彼女らしい気がしてしまうんですよね。

単純に母の姿に酷似しているという点もあるんですけど、ムンドゥスの支配下に置かれていたという共通点があり、ダンテをよく知る存在というのもあり。

バージルが拗らせた家族愛をぶつけまくってもいいし、苦手そうに敬遠するバージルを天真爛漫なトリッシュがおちょくりまくっても成立しそうだし。

おいしいCPだよなぁ……ってしみじみ思いますね。どう考えても、ありです。

【DMC】バージル復活したねって話【DMC5】

バージルが好き過ぎて生活に支障を来しています。

ツチアケビです。

DMC5でバージル復活したね

 

今までのブログ内容が4までで時を止めていたので、改めて5の話を書きたくなってしまって。

【DMC】お兄ちゃんの指定席は右?

よくよく考えてみたら、ブログの更新が年間単位で途絶えてたにもかかわらず、しれっと復帰してしまって自分で自分にびっくりしました。

「久し振りの更新です」とか何かご無沙汰っぽいこと書けよ。

いや、数年前の私に教えたいな……「バージル帰ってくるよ」ってマジで教えたい……でも教えたら5の発売まで謎の緊張で食事が喉を通らない気がするので、発売から数ヶ月経ってからyoutubeで偶然情報を見かけて「エッ……?!?!(ひとりで驚天動地)(もんどり打って倒れる)」ってなるくらいがちょうどよかったのかもしれないな……。

色々感慨深すぎて三点リーダ使いまくっちゃうな……三点リーダンテェイ……

 

「今は亡き兄貴」だったのに

 

私は子供心にDMC3で見た、切なさを残すラストがとても印象に残っていて。

4でのネロ登場によってDMCファンが湧いたのを何となーく遠巻きに眺めながら大人になったので、私の中でのバージル像は長いこと「スタイリッシュアクション死に急ぎ野郎」というか「鮮烈に散っていった悲劇のライバル」みたいな感じだったんですけどね。

まさか復活するとは、って感じですよ。

5のラストから数ヶ月経った今でも、まだ衝撃的だよ。夢なら醒めないでおくれよ。

DMC4SEでバージルが登場したときも、我らがカプコンさんファンサありがとうございますわっしょいわっしょい状態で心中穏やかじゃなかったんですけど、あくまでも「今は亡き人」という立ち位置だったんですよね。

それがさ……まさかさぁ……! ねえ?! やばいよねえ?!

誰に語ってんだろうね私はねえ?!

そんな感じでDMC5はバージル復活以外にも、歴代ファンや派生作品ファンを喜ばせるだろう要素が盛りに盛られたコンテンツ内容になっていて、何だかもう私は現実として理解して受け止めるのに時間を要するレベルでした。

人間って多幸感のキャパシティーを超えると、頭おかしくなるんですね。

しかも、5のラストはこれまでのシリーズ作と一線を画するハッピーエンドの雰囲気。

カプコンさん、一体どうしたんだ。そんな全力の助走をつけたファンサの右ストレートで、ファンというファンを殴り付けて回ってどうするつもりなんだ。

今までずっとDMCシリーズって「ダンテ達の活躍によって人間界は守られたのであった(その反面で失われた家族要素を滲ませることにより演出されるダンテの寂寞感エグい)」みたいな内容だったじゃないですか。

この期に及んで、5みたいなラストを持ってくると思わないじゃないですか。

 

まさかのハッピーエンドだった

 

はっきり言って、ハッピーエンドはまったく1ミリも予想してませんでした。

バージルは3の頃から、背中が印象的なキャラクターだったんですけど。

その背中が映ったとき、ヒェェェ……?!って息を呑んだと共にめちゃくちゃドキドキしたんですよね。

「発端にして終焉」大変かっこいいんですけど、これはまたダンテが悲しい思いして殺さないといけないパターンじゃないのか、どうするんですか、と悲喜交交な気持ちになってしまって。

何度殺させるんだよって話じゃないですか。しかも、今回はネロの存在もある訳で。

5のダンテ、初めからバージルを積極的に殺しに行ってるように見えますけど、ダンテからしてみれば、バージルの息子ということもあって、未来に光あれと願っているだろうネロにはどうしても戦わせたくないだろうし「だったら自分が手を汚そう。いつものことさ」みたいな乗りにならざるを得ないというか。

バージルにとっての理由がダンテなら、ダンテにとっての理由もバージルだから、互いの生き方も命も全てを懸けて全力で戦うことこそが、互いへの手向け、みたいなところもあったんじゃないかと勝手に推察してるんですけど。

「まずは傷を癒せ」ってバージルがダンテに言ってくれただけで、何か私は満足したようなところがありました。

だってもうそれだけで、3の頃と全然雰囲気違うじゃないですか。

しかも、3では互いの過去をほとんど語り合わなかったダンテとバージルが、断片的にでもお互いについてちゃんと思いを馳せている描写がしっかりされているんですよね。それを経て「改めて戦おう」って感じのムードだったので、何だかもう本当に最後の戦いで、どちらかが死んでも(プレイアブルキャラがダンテだから、やっぱり死ぬとしたらバージルの方なのかな……?)私個人は納得できちゃうな~と思いました。

双子がお互いの生き方をしっかり見つめ合えた時点で、もうハッピーエンドだったんですよね。私の中では。

 

例えば、バージルがVとなって自身の過ちに気付く→プレイアブルキャラがVになって、最後の力を振り絞って、ネロやダンテと共闘→宣言通りに自らの手でユリゼンに手を下す→Vはクリフォトと共に消える みたいなラストでも全然ありでした。悲しくて泣きますけど。

あるいは、あくまでもクリフォトの力で一時的に蘇った状態のバージル→だけどクリフォトの根を絶たないと魔界化が止まらない!→Vでの経験を経て大事なものに気付いたバージルは人間界を救うためにダンテと共に自らクリフォトを枯らす→力の供給源を失ったバージルは今度こそ完全に消える みたいな泣きゲー的な自己犠牲ラストでもおいしかったです。死ぬほど泣きますけど。

正直、Vとしてバージルが自身の過去やダンテと向き合えた時点で、DMC5がハッピーエンドじゃなくても好きになったと思います。

にもかかわらず、ですよ。

主要キャラ全員が笑顔で終わる結末を、ガツンと持って来られたこの気持ち。ネロの英断が双子を救い出す世代交代の展開。空前絶後のハッピーエンド。

キャパオーバーです。本当にありがとうございます。

 

モブからしたらバッドエンド……?

 

ぶっちゃけ、レッドグレイブ市民からしたら、いきなりクリフォト生やされて街々が崩壊した挙げ句、漏れ出した悪魔の所為で相当な被害を被ってそうなので、何ひとつハッピーじゃなさそうなんですけど。

何かもうそこんところは「人は手の届く範囲内の人しか救えないよね」というか。

「結局は身内が1番大事だよね」という話として、納得してしまったところがあります。

そもそも彼等は悪魔の血を引く存在なので、家族や仲間はともかくとして、無数の人間の命にそんなに心を痛めていなかったとしても、あんまりキャラクターを見損なうみたいな感覚はないかなぁと思ってしまいます。これは倫理的な考え方じゃないんでしょうけど。

いや、仮にですよ。ごまんといる赤の他人か、自分の大切な身内か、どっちを優先するか選べと言われたら、後者を選ぶキャラクター達がいたとしても不自然さはないだろうと。

デビルメイクライは世界の命運を懸けてどうこう頑張るヒロイックな話ではなくて、あくまでも、主要キャラクター達が自身の生き方や信念を懸けて戦う家族の物語なので。

毎度の如く巻き込まれる世界は、おまけ要素なんだろうな、くらいの気持ちで見てしまってます。うん、倫理的な考え方じゃないんでしょうけど。

テメンニグルにしてもクリフォトにしても、バージルがしでかしてしまったことは取り返しのつかないことだし、責められて然るべきことではあるんですけど。

そうせざるを得なかったというか、そうせずにいられなかったバージル人間性は恐ろしく不器用で目も当てられないんですけど。

それでも殺してハイ終わりではなく、互いを理由として殺し合う以外に術を持てなかった双子に対して、ネロという存在が別の選択肢を持つことを許す、というか。

クレドやキリエとの関係を経て、正しく誰かを守るために力を行使するネロの生き方が、双子達に血で血を洗う関係以外の何かをもたらしたんだなぁ、と思うと胸が熱くなる……。

賛否両論あって然るべきな5のシナリオ、私は好きですね。

バージルが今後も生き続けるとすれば、それは自分が踏み外した道と向き合い続けるということと同義になってしまうかもしれないけど、バージルと殺し合わないことを選んだダンテは「ひとりじゃ寂しいだろうからな」って軽口のあの感じで、彼の生き様をも一緒に背負って生きてくれるかもしれないし……未来を感じさせるラストにまとめてくれた5は大変よかった。

ほの暗い話が多かったDMCで、ほの暗さの方向性が違うラストだった……ありがとう……。

 

今後のシリーズはどうなるのか……?

 

あのラストで、次のシリーズからも引き続きダンテやバージルがしれっと主役を張ってしまうと、何となく違う気がするので(ちょっと寂しいけど)DMC5の終わり方からして、今後はネロを中心とした物語になっていくだろうなって雰囲気がありますよね。

ネロのピンチに、ダンテやバージルが友情出演的な感じで駆け付けたりするシーンがあったりする気もしますが、主人公としては完全に世代交代感を匂わす内容でした。

 

長かったですねえ……ダンテにお疲れ様っていう気持ちが強いです。

バージルも長いこと苦しんだ生涯というイメージがあって、5で救われてよかったなぁ。

 

DMC5の何が激熱だったかって、歴代シリーズファンからすると特に、長いブランクを経ての新作発売だったので。プレイヤーもまた作品や作中のキャラクターと一緒に年を取っていて、過去作の歴史だったり思い出だったりを思い起こすので、感情移入感がひとしおなんですよね。

もう、初代DMCなんて相当昔のことで。私も含め、作品と一緒に大人になっただろうファン達がたくさんいるはずなんですよ。

だからこそ、長きに渡るダンテの人生を追体験できる、みたいな没入感があるのかなぁと何となく思います。

そして、5からハマった方が過去作を遡ってるのを見ると、ちょっと羨ましい気持ちになったりします。それはそれで別の感動を得られそうな気がする……新規ファンの方、マジで尊いですよね……。

 

しかし、5があまりにも勢いのあるハッピーエンドの大団円で終わり過ぎて、DMCシリーズがこのまま収束しちゃうんじゃないかという不安に駆られる今日この頃だったりします。

報われずに終わっても普通に泣くし、大団円で終わっても「不安になる」とか言い出すオタク、大変面倒くさいですね。愛ゆえです。

次回作が何年後になるかわからないけど、叶うならずっと追いかけ続けたいコンテンツです。DMC

 

そんな感じで、ざっとしたDMC5の感想でした。

もう勢いそのままに推敲せずに上げちゃうぞ。